私設取引システム(Private Trading System=PTS)の構築が活発化している。PTSとは証券会社が取引所を介さずに顧客注文を処理するシステムのことで、1998年の証券取引法改正による「取引所集中義務」の撤廃によって認められた。日本ではネット証券会社が、取引所の売買を補完する目的で夜間市場を開設しているが、今年9月にカブドットコム証券が開設したのは、取引所と同じオークション方式。既存の「一本値」による夜間取引と異なり、投資家の需給に応じて株価が変動することから実勢に近い価格で売買できると言われる。さらに複数の証券会社によるPTS接続の発表も相次ぐ。ちなみに報道によれば、東証の1日の処理件数500万件に対し、1億円程度の設備を導入すれば、1分300万件の注文の処理が可能であるとのことで、接続が実現した際の処理能力は想像をはるかに超えるものとなると言われている。
すでに米国では90年代から普及が進み、法人向け取引では取引所と並ぶ売買の場として認知されている。昨年はPTS大手のアーキペラーゴをニューヨーク証券取引所が買収し、取引所再編に火をつけた。さらに今月、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーといった有力投資銀行7社が欧州株のPTS(私設取引システム)の構築を発表。NYSEによるユーロネクスト、NASDAQによるロンドン証取への買収提案も、こうしたPTS開設の動きを強烈に意識していることは間違いない。
さて、これらの市場外取引活発化の動きはIRにどのような影響を与えるだろうか?
一つには情報管理体制への影響がある。多くの企業は相場への影響を考慮して、場が引けた3時以降に重要事実の発表を行なっている。売買がある程度取引所に集中していれば効果的であるが、PTSのような市場外取引が活発化したら、そこにおける株価の動きを管理しないわけにはいかない。不確実な情報で株価が乱高下した場合、夜間であることを理由に、思惑による売買を放置できないだろう。さらに、PTSの売買審査が不徹底であれば、インサイダー取引の温床になりなかねない。巨大PTSが実現すれば、企業の情報管理負担は確実に増しそうである。
二つ目にそのようにして形成された株価を企業としてどのように判断するのかという問題がある。取引所では新材料が織り込まれ、市場関係者の評価とともに一定の株価に収斂されていくものである。夜間に発表された材料が一部のプレイヤーの、偏った意見によって評価された結果としての株価は適正といえるだろうか?企業価値算定の重要な一要素である株価の信頼性はどのように担保されるのか?株価の適正性が損なわれれば、株価を意識した経営、適正株価を実現するIRの位置づけは大きく変わることになるだろう。
一方で複数のPTSがネットワーク化されれば、情報の流通も格段に高まるはずである。企業は、ネット取引の活性化に応じてウェブを通じたコミュニケーションを強化・充実させてきたが、売買システムの高度化により、マーケットと企業のインターフェースであるウェブサイトも、より高度化すると考えられる。米国企業が自社サイトで株式購入を可能とするなど様々な株式サービスをウェブで提供しているのも、米国におけるPTSの発展と無関係ではないだろう。
山本章代(アレックス・ネット株式会社 取締役)
海外企業のIRに詳しい。宣伝会議の「PRIR」誌に「海外企業のアニュアルレポート解説」を連載。(2005年4月〜2006年4月)